01年9月23日 †
めっきり秋らしくなってきた。
ず〜っと昔、ミニコミのようなニューズレターを発行していた。
それに書いた「秋の過ごし方」。
実は、前にMLにも流したんだけど。( ^ ^ ;
さて、秋です。
ちなみに暦の上での秋とは、立秋(8/7)から立冬の前日(11/7)まで。
その内後半の18日間(10/20〜)は秋の土用になります。
秋を象徴する「金」は、エネルギーが内向し収斂する状態を表しています。
また、
「金に従革と曰う」(五行大義)
※従革=柔らかに思うままに形を変えること
というように、万物が姿を改め変える様も表しています。
夏に全開していた枝葉もその勢いが衰え、葉は色を変え、ついには枯れ落ちます。
花は実を結び、養分は根に向かい、エネルギーを内側に集めている状態 です。
以下、素問「四気調神大論篇」の意訳です。
- 秋三ヶ月、これを「容平」と呼びます。
万物がエネルギーをその内側に吸収し、実を結び、形が定まることを意味 しています。
天の気は勢い強く、輝かしく降り注いでいます。
また地の気は粛清し、掃き清められたように新鮮です。
日没と共に陰気が盛んになるので、日暮れと共に寝るのがよいでしょう。
夜明けと共に地上の陽気は健やかに育ちはじめます。
日の出のニワトリの声と共に起き出しましょう。
内向、収斂するエネルギーの中、空気は澄みわたり、地上のすべてはその色を鮮明にしています。
そんな鮮明さは、人の心をはやらせたり、あれこれ目移りさせるものです。
また収斂するエネルギーは頑固さやこだわり、後悔や反省する心の動きを促すこともあります。
外の変化にとらわれず、また自分の心の内側に閉じこもるのでもなく、紅葉を眺めながら澄んだ空気を味わうように、くつろいで過ごしましょう。
「金」は季節では秋、五臓では肺に当たります。
肺は天空の気を吸収し、天の気を生成して全身にゆき渡らせる働きをしています。
この肺の「内に収斂する」働きが清浄に行われるよう、心やすらかに過ごして下さい。
これが秋気に応じて養収する道です。
今は発散的、外向的に過ごす時ではありません。
秋気に逆らうと肺の働きを阻害し、冬に至って食物の陽気が漏れて下痢をしたり、内に陽気を保つことが難しくなります。
ニューズレターより
この、秋の気が好きだ。
凛として澄み切った空気、 静けさ。
朝に飲む緑茶は、この季節が最高。
そして晩酌は、あつあつの熱燗がたまらない。
さて、晩酌の時間。
昨日はさんまだったし、今日は秋鮭でも焼こうか。
むふふ。( ^ ^ ) ( ^ ^ )
01年9月25日 †
昨日、新宿文化センターへオラトリオ『エリアス』を聴きに行く。
友だちのSさんが天使役のソプラノで出演。
はじめて聞いたSさんのソプラノは、清楚で繊細。
清らかな声だった。
クラシックのコンサートすら行ったことはないし、オラトリオはもちろん初めての体験。
時々まどろんだりしながらも( ^ ^ ;、楽しかった。
題材は、旧約聖書の中の預言者エリアの物語。
しかし、一神教の世界はイマイチ感情移入が出来ないっス。( ^ ^ ゞ
他宗教の信徒は殺されて当然だったりするし。
それ以前の問題のとして、奇跡だのお陰だので、アッチの神にふらふらコッチの神にふらふらっていう、「人間も人間だ」と思ってしまう。
宗教って何だぁ?
昨日たまたま読んでいた本。
「ルバイヤート」オマル・ハイヤーム作(岩波文庫)
ぼくは、ハイヤームの詩の方が圧倒的に好きだ。
57
君も、われも、やがて身と魂が分かれよう。
塚の上には一基もとずつの瓦かわらが立とう。
そしてまたわれらの骨が朽くちたころ、
その土で新しい塚の瓦が焼かれよう。
8
この万象ばんしょうほど不思議なものはない、
誰ひとりそのみなもとをつきとめた人はいない。
あてずっぽうにめいめい勝手なことは言ったが、
真相を明らかにすることは誰にも出来ない。
99
おれは有と無の現象あらわれを知った。
またかぎりない変転の本質もとを知った。
しかもそのさかしさのすべてをさげすむ、
酔いの彼方かなたにはそれ以上の境地があった。
ところで、西武新宿駅を出て新宿文化センターに向かう前。
昼食を食べた店。
駅を出てすぐ、「グリーンプラザ新宿」の向かいにある『北京』。
ここの「北京式ちゃんぽん」がサイコーに旨かった。( ^ ^ )
魚介類たっぷりな具にピリ辛スープ。
麺も旨かったし、店の雰囲気も良かった。
また行くゾ。
01年9月27日 †
朝のみそ汁の具を考える。
「豆腐があったな」
と、大抵は豆腐が中心。
豆腐がない時は、買い置きの高野豆腐を戻す。
あとこの季節は、やっぱりキノコ類。
人参と大根、コンニャク、ゴボウを入れて。
最近、朝のみそ汁は具だくさん。
どうしても根菜類を入れたくなってしまうのだ。
昨日の夕飯は、料理が面倒だったので焼きそばに。
肉なしの野菜焼きそばだ。
キャベツに人参、エノキとしめじ。
それに麺のみで売っている乾麺「都一中華そば」。
この麺はけっこうイケル。
ところで、少し前に買った青トウガラシが、新聞紙にくるんで冷蔵庫の野菜室で眠っていたのである。
うはは。
三本取り出して細かく切って焼きそばに。
(種は半分以上は取り除く。でないと辛過ぎるのだ。( ^ ^ ;)
軽く塩こしょうして、醤油とソースで味付け。
くぅ〜。( ^o^ )
なんて旨いんだ!
青トウガラシの辛さが絶妙だった。( ^ ^ ) ( ^ ^ )
01年9月27日 その二 †
今を去ること11年前。
インドはプーナ、OSHOコミューンで「リバランシング」のトレーニングを受けた時。
西洋人のリーダーに混じって、日本人の女の子がアシスタントで入っていた。
日本人特有の繊細さ、キュートな姿かたちに、既に30代のオジサンであったプルの目にきらきらと星が浮かんだ。
「Rさま〜、素敵ぃ〜。o(* ^ ^ *)o 」
うはは。
今も昔も、単なる超軽薄ミーハー・オジサンだ。( ^ ^ ;
トレーニングが終わってからも、交換セッション(セッションのやりっこ)をやったりとか仲良くしてもらっていたっけ。
そのRさんが按摩を受けに来た。
前回来たのは一年くらい前か。
忘れた頃にやって来る。
彼女のからだには、”繊細・無垢”という言葉しか思い浮かばない。
たぶん、ぼくが按摩してきたからだの中で、一番ピュアなからだ。
そう。
赤ちゃんのからだの触感に似ている。
ピュアーで、繊細で、傷つきやすいからだ。
足の小指から指もみをしつつ、親指に触れると。
前より明らかに力強い。
からだの軸、芯が力強く充実している。
指もみを終え、肩から按摩に入る。
優しく、丁寧に……。
はじめはとにかく繊細に……。
少しずつ、彼女のからだ、そして彼女のからだを包む空間にチューニングが合って来る。
あとは自分の手に任せればいい。
彼女と自分と、ふたりを包む空間を感じつつ。
それを眺めている自分がいて……。
くぅ〜。
何て贅沢な仕事なんだよぉ、按摩ってばサ。
01年9月29日 †
昨日の夜。
自宅への帰宅途中。
西武線の駅のホームで「所沢駅」行きの電車を待っていた。
電車がホームへ滑り込み。
スーッとドアが開く。
降りようとする人の中に、背の高い金髪の西洋人男性がいた。
日本に馴染んだ、繊細で優しそうな顔立ち。
フト、目が合う。
彼が降りようと一歩踏み出した時。
乗り込もうとぼくが一歩踏み出した時。
それでも目が合ったままだった。
自然に頬がゆるみ。
お互いに微笑む。
そして、軽く会釈し合いながらすれ違った。
不思議に、人って、うれしい。
01年9月30日 †
昭和八年発行 『 主婦之友十二月號 』 附録。
「漬物の漬け方二百種」。
蔵書の中でもお気に入りの一冊。
日本の代表的な漬物の漬け方が載っている。
他に、全国の読者から寄せられた『各地の珍しい漬物の漬け方〜各家庭でご自慢のもの〜』が載っていて、これが読んでいて特に楽しい。( ^ ^ )
昭和初期の、各地方の食卓の香りがするようだ。