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2007-12-12 (水) 12:41:21

はじめまして。ゆっこ@茅ヶ崎と申します。

「玄米正食批判試論」を見つけて、辿り着きました。
大変興味深く読ませていただきました。
マクロビオティックを実践している物なのですが、
友人などにも読ませてあげたので、リンクを頂きに参りました。
なにか問題などありましたら、教えて下さいませ。

ゆっこ@茅ヶ崎

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2007-10-01 (月) 15:20:57

こんにちは、玩具修理屋さん。
お久しぶりです。(^^)

>外部の対象に自動的に癒着してしまう自我意識の働きや、
>潜在意識の歪みと身体の歪みとの並行関係の指摘などとてつもない奥深さを感じます。

おぉ、興味深過ぎですね。

>第三十四段「敵の怒りは我と砕け落ち、敵も独り行き、我も独り行く道なり

すっごくカッコイイ文章で、参っちゃいますね。
いやいや、スゴイ。

正しい意味はわかりませんが、いろいろ触発される文章です。
透明感が際立っていますね。

ノリや気分といったやや繊細な感覚は、巻き込まれずにけっこう客観的に眺められます。
やる気とか好奇心、興味の方向性、創造性などは、人ごとのように「いつどんな流れでやって来るんだろう」「おぉ、こんな感じで来たか。流れに沿って泳いでいこう」とか、眺めやすくて流れていけるのですが。
情動や感情といったちょと粗い感覚には、巻き込まれまくりですね。
特にイライラとか怒ったりとか。
かなり自己同一化しています。

フト思い出しましたが。
イライラしていたり怒ったりしている最中にそのことに何気に気づき、イライラしたり怒ったりしつつその感情を眺めようと意識が離れようとする、その微妙な瞬間の嫌ぁ〜な感じ。
エゴが離れまいと踏ん張る、その、なんというか、理不尽な感じ。
あれ、気持ち悪いです。
まぁでも、気づいたら後は時間の問題で、エゴは引き下がるしかないのですが。

>第三十四段「敵の怒りは我と砕け落ち、敵も独り行き、我も独り行く道なり

なんというか、書いた人の視点が既に透明ですよね。
敵にも敵の怒りにも、そして我にも巻き込まれていない、透明な離れた視点。
抑圧とか批判、分離や分裂とはまったく違う、爽やかな意識。
カッコイイ〜。

独り行く道……。
独りとは……。
道とは……。

次の文章とともに、いろいろと想いを巡らしてみます。

>第六十段「ただ時々刻々に我独り、立ち上がって見よ。今の今を行くより他なし」

「願立剣術物語」は素晴らしいっすね。
書き込んでくれて有り難う。>玩具修理屋さん

日本に生まれて良かった。(^^)
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2007-09-30 (日) 18:20:09


玩具修理屋

こんにちは、Puruさん。お久しぶりです。「願立剣術物語」ようやく一通り大まかに読んでは見れました。私の理解力では多分穴だらけでしょうが(笑)。確かに今まで読んだことのある剣術書、武術書系のものとは受ける印象が違います。外部の対象に自動的に癒着してしまう自我意識の働きや、潜在意識の歪みと身体の歪みとの並行関係の指摘などとてつもない奥深さを感じます。又、朗読していると何となく体内の気が清浄になってくるような感じがしてまるで祝詞か真言でも唱えているような気がしてきます。
深層心理学やロルフィング、アレクサンダーテクニックといった高度なボディワークの理論とも通じるところがあって興味深いです。それと五輪書や新陰流系剣術書で言っていることがより分かった気がします。
個人的には意味が分からなくても印象に残る文章もあって本当に不思議です。
第三十四段「敵の怒りは我と砕け落ち、敵も独り行き、我も独り行く道なり
第六十段「ただ時々刻々に我独り、立ち上がって見よ。今の今を行くより他なし」
といったようなものです。今後も読み込んでいくつもりですがこれだけのものですから岩波あたりから書籍化してくれればいいのにと思っているんですけどね。
それではまたなにかありましたら。
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2007-08-06 (月) 10:08:03

おおいそ
Puruさん、はじめまして。昨年はじめて拝見して以来、熱心さに感激しております。はじめて書き込み致しますのは、(ちょっと宣伝がましいので不適切とお感じでしたら、削除して頂いて構いません)あマ指の施術情報をマッサージスコアという楽譜のようなもので表そうとしておりまして、臨床の傍ら機械を作り、その機械を用いて発表、DVDを製作したものでご意見など願えればと思ったからです。
導引口訣鈔、按摩手引などに見られるその文言を読み解くことはとても重要とおもいますが、実施の施術を反復練習するために必要な「圧加減」を表せたらなあ、と感じています。
http://massagescore.info
よろしければご覧下さい。また
書き込みさせて頂きます。
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2007-04-21 (土) 19:35:59

igpsytrv felgaqup jibl shekozgiw tkqa onsehudjl smiw
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2007-02-24 (土) 19:40:59

玩具修理屋

こんにちは、Puruさん。私は剣豪・時代小説は好きなので隆慶一郎先生は存じています。「柳生非情剣」だけは読んだことあります。弟が特にファンでしたね。
「死ぬことと見つけたり」読んでみます。ありがとうございます。ちなみに剣豪小説では戸部新十郎先生の短編集が特に好きです。剣という「逆縁の世界」に生きる剣士たちの孤独と哀しみを独特の風雅な文体で描いた作風が好きです。おすすめは
「秘剣水鏡」(徳間文庫) 「秘剣花車」(新潮文庫)ですね。

今、「願立剣術物語」の全文復刻をインターネットで手に入れて漢和辞典片手にジタバタしながら読んでいます(笑)。実に興味深いものがあります。ひととうり読めたらまたご報告させていただくかもしれません。
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2007-02-16 (金) 17:07:10

こんにちは、はじめまして。
有益なページを公開してくださり、誠にありがとうございます。
当方のブログ
「東洋療法研修資料集」http://omlinks.cocolog-nifty.com/
にリンク設定させていただきたく存じます。
差支えがございましたら、速やかに対処いたしますので、ご連絡いただきますようお願い申し上げます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。    (byIKKOU)
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2007-02-01 (木) 16:33:48

puru

こんにちは、玩具修理屋さん。

>深層心理学や身体技法に興味や実践したりするのもいかに「恐怖とダンス」を踊れるかということが直接、自分の生存(社会生活)に関わるからです。

”「恐怖とダンス」を踊れるか”という表現、好きです。
「恐怖を取り除く」などではないところが。

>おもしろいのは「足」に自立心や行動への恐怖といったテーマがあるということで、これは私自身の個人的体験からいっても事実だと思います。

同感です。

片足に優しく丁寧にチュアカをして、その後ゆっくりと立ち上がり、足の感触を味わうのが好きです。
まだ働きかけていない方は、何やら硬直した棒のようにも感じられ。
チュアカをした方は、感覚がふっくらと繊細になっていて、心許ない感じがして体重を乗せるのが怖くなったりします。
この怖さや不安感、心許なさが好きです。
その感覚の中に落ちていくように体重をあずけていくことが。

>私見ですが寺院やアシュラムのような安定した密室的な環境で生まれた技法より戦場のようなナマの現実の中で戦士や武士たちが生み出した呼吸法やマッサージのような技法の方が効果が高いし、現代人には必要なのかもしれませんね。

隆慶一郎氏の「葉隠」を小説化した「死ぬことと見つけたり」を思い出しました。
その中で、主人公は毎朝目が覚めると、起きあがる前に十全に死に切る、という描写が出てきます。
おのれが死ぬ様をありありとリアルに思い描き、毎朝異なる死に様で死に切る。
その死に切ることで、逡巡したり恐怖に立ちすくむことなく、おのが努めをその場その場で全うすることが出来る、という鍋島藩士の心得。
毎朝「恐怖とダンス」、ですね。

怖いこと、不安なことをトコトン思い描き、それをイメージや想像の中で十全に疑似体験してみる、というのは意外と良いアイデアかも知れませんね。
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2007-01-31 (水) 19:44:40


玩具修理屋

こんにちは、Puruさん。お久しぶりです。その後、チュアカを実践してみました。
プリントアウトしたものを見ながらやったのであまりうまくいったとは思いませんが新鮮でおもしろい体験でした。慣れてくればもっとうまくできるとは思います。確かに筋肉の緊張を取るだけでなく、感覚の深化というのも目的だと思います。
おもしろいのは「足」に自立心や行動への恐怖といったテーマがあるということで、これは私自身の個人的体験からいっても事実だと思います。
私には子供のころから得体のしれない恐怖心があってそのためにずっと苦しんできました。深層心理学や身体技法に興味や実践したりするのもいかに「恐怖とダンス」を踊れるかということが直接、自分の生存(社会生活)に関わるからです。
おそらく、モンゴルの戦士たちは戦場に出陣する時には緊張を取り、帰って来たときには戦場でのトラウマを身体から取り除くために行っていたのでしょう。私見ですが寺院やアシュラムのような安定した密室的な環境で生まれた技法より戦場のようなナマの現実の中で戦士や武士たちが生み出した呼吸法やマッサージのような技法の方が効果が高いし、現代人には必要なのかもしれませんね。
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2006-12-15 (金) 10:26:56

だるま

<体にも、体独自の気分や感情、想いがあり、それを感じ取ろうとする、その姿勢。


こういう姿勢(態度)は忘れていました。               

ここ数日、自分のからだの感覚、感情と対話をしていますが、曖昧さの中に安心感が存在しているようですね。

楽しみながら、探求の旅をしていきま〜す。

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2006-12-12 (火) 09:30:27

puru

>セルフマッサージなのですか。難しそうですね〜
>自分の感覚がしっかりしてないと迷ってしまいますね〜

全然しっかりとしてなくても良いのよ。

自分の「気分や感情に意識を向けてみる」ということが一番大切なこと。
何でもそうだと思うのですが、感覚を探求するということも、その「探求する」ということに意味があるのであって、そこで何かを見出したり理解したりというのは、極論してしまえばさして重要ではないと思うのです。
探求には終わりはないし。
探求自体が愉しいこと。
「やれば出来る」というのも、「出来る」ことなんかより「やる」ことにこそ意味があるのだと思っています。

愛おしむように自分の足に触れ。
足の気分や感情、想いに意識を向けてみる。
尋ねるように、聞き耳を立てるように。
足の気分や感情、想いをハート(胸)に吸い込むように、優しく呼吸しながら。

そんな雰囲気や空気、行為自体こそが貴重なのだと思います。
体にも、体独自の気分や感情、想いがあり、それを感じ取ろうとする、その姿勢。

これは、別にチュアカだけではなくて、仰向けに寝て自分の両足に意識を向けてみる、そんなやり方でも出来ますよ。
両足に意識を向けて、左右の感覚の違いを感じてみる。
足の感覚、その質感や形はどんな感じなのか。
その時に浮かぶ、質感や形のイメージは……。
そして、感覚やイメージだけではなく、気分や感情、想いにも網を拡げてみる。
優しくゆったりとハートで呼吸するようにしつつ。

みたいな感じで、いろいろな意識の向け方が出来るです。
もちろん、治療中にも。
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2006-12-11 (月) 15:08:16

だるま

プルさん、サンキュウーです。セルフマッサージなのですか。難しそうですね〜
自分の感覚がしっかりしてないと迷ってしまいますね〜

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2006-12-11 (月) 13:30:12

puru

>チュアカができる人はいらっしゃいますか? 是非体験したいのですが・・・・・・

チュアカは基本的にセルフマッサージなのですよ。
これに類するボディーワークとしては、マッサージ的な働きかけを含むものではロルフィングやヘラーワークというものがあります。
その他にはバイオエナジェティックスやバイオシンセシスなどありますが、日本で受けられるかどうかは不明です。

>チュアカの説明を見て、心理面からも知る必要が出てきたようです。

ひとりで出来るバイオエナジェティックスが参考になるかも知れません。
ですが、昔出ていた様々なワークが図入りで載っていた本は既にない模様。
その後出た春秋社の「バイオエナジェティックス 原理と実践」も既に絶版のようです。

先日お知らせしたぼくの資料室みたいな所には、バイオエナジェティックスと同系統のバイオシンセシスの資料があります。
参考になるかもですよ。
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2006-12-10 (日) 19:25:02

だるま

プルさん、チュアカに興味がでてきました。チュアカができる人はいらっしゃいますか? 是非体験したいのですが・・・・・・

僕は、なぜか分からないのですが、妙に足首にこだわってしまうのです。足首は膝や腰と違っていつのまにか痛みが消えてしまい、からだのバランスを崩す元になってしまうのです。
チュアカの説明を見て、心理面からも知る必要が出てきたようです。


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2006-12-09 (土) 16:33:28

puru

おぉ、こんな、人通りのほとんどない場所へようこそです、だるまさん。(^^)

>私が操法の柱としている足首の操法がより深く理解と探求が出来そうです。

あぁ、なんかわかる気がします。
だるまさんの操法は見たことないですが。(^^ゞ

ぼく自身は、四肢末端の按摩は得意じゃないです、ほんとに。
ただ、自分自身の体の探索としては、足や足首、立つこと、これらは永遠に続くことだと思っています。

今日はちょっと暇なので、あはき柔法に指圧が組み込まれた経緯や療術を調べ直したりしてました。

気が向いたら、いつでも書き込んで下さいね。
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2006-12-09 (土) 10:32:13

だるま
プルさん、チュアカ面白そうですね。私が操法の柱としている足首の操法がより深く理解と探求が出来そうです。
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2006-08-03 (木) 11:22:42

puru

はじめまして、玩具修理屋さん。
ようこそいらっしゃいました。

>しばらくは、チュアカを実践してみたいと思っています。チュアカの考え方には実に興味深いものがありますね。

チュアカが出来た時代や背景を考えると、やはりウィルヘルム・ライヒやアレキサンダー・ローエンの流れの延長線上にあって、「筋肉の鎧」の"開放"を主目的としたワーク、ということになるのでしょうか。。
ただチュアカの場合は、自分が自分に働きかけるのが基本のワークなので、ライヒアンやバイオエナジェティックス以上に繊細さが要求されるように思います。

感覚を開いて、繊細に……。
自分の手の感覚が自分の足の感覚に、問いかけるように触れていき。
柔らかくて暖かい感覚の空間で一体となり。
感覚は更に繊細に深まって……。

みたいな感じで行っていると、「筋肉の鎧」の"開放"というよりは、感覚の覚醒&深化は主目的なのではないかと思います。
感覚の覚醒&深化により、二次的、必然的に「筋肉の鎧」の"開放"は生じてしまっている。

>今は、甲野善紀氏や高岡英夫氏の方法論、メソッド

高岡氏の「ゆる」をチュアカ的に行うのも素敵だな、と読みながら思いました。

「ゆる」をしながら、「ゆる」をしているパートに耳を傾ける。
「ゆる」で感覚を揺り起こし、感覚の中に深く入っていき、感情や気分、浮かんでくるイメージにも耳を傾けてみる。
皮膚、筋肉、内臓、骨、それぞれに対しても。

って、面白そう。
今度やってみることにします。

アイデアのキッカケ、さんきゅです。(^^)/

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2006-08-02 (水) 19:45:53

玩具修理屋

初めまして。チュアカを調べていてここにたどり着きました。大昔にヒーリングマガジンという雑誌に載っていたということは知っていましたがPURUさんが書かれたものとは知りませんでした。
個人的にはグルジェフの<グルジェフムーブメンツ>、カスタネダの<マジカルパス>、田中守平の<太霊道>、平田内蔵吉<経絡体操>のような失われた身体技法や秘儀的な魔術的肉体訓練に関心があります。チベット体操の<ツァルン>は私もスパスパで録画していたので実践もしましたがあまり自分には物足りなかったですね。今は、甲野善紀氏や高岡英夫氏の方法論、メソッドとマジカルパスを実践しています。
しばらくは、チュアカを実践してみたいと思っています。チュアカの考え方には実に興味深いものがありますね。それでは、また、何かありましたら書き込ませてもらいます。
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2006-07-29 (土) 22:02:50

puru

あ。
英さん、「水のように龍のように」って、アドレス変わりました?

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2006-07-29 (土) 20:42:36

puru

おぉ、英はん、いらっしゃいませ。

もう、ウチにあるページは無承諾で自由にリンクしてくだされませ。
何せ、読んで貰うことも目的に作ってますから、うれしい限りです。

按摩、日本の古典から、今は中国内丹のおべんきょまで手を伸ばしてまして。
mixi覗く時間がもったいないの。

たまに、ココや気まぐれ板にも遊びに来てね。(^^)/

----

2006-07-29 (土) 12:43:10

あ・・・

↓ 英(はな)でし。

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2006-07-29 (土) 12:42:49

こんにちは^^
玄米正食批判試論、mixiで紹介させてもらっちゃいました。
事後承諾(毎度?(^^;))でごめんなさい。

mixiに戻ってきませんか?

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2006-07-26 (水) 11:41:22

puru

はじめまして、ダリーさん。
ようこそいらっしゃいました。

>有害性の証明よりも、無害性を証明する事の方が難しいと思いますがいかがでしょうか。
>100%無害であると断言できる方は、よほどの自信家なのでしょうね。

人が関わるものは、すべてリスクが伴うものだと思います。

人体然り、人生然り。
法律や制度、資格、免許においては尚更。

ぼくとしては、形よりも質に関心があります。

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2006-07-25 (火) 19:30:28

有害性の証明よりも、無害性を証明する事の方が難しいと思いますがいかがでしょうか。100%無害であると断言できる方は、よほどの自信家なのでしょうね。

ダリー
----

2006-05-19 (金) 16:56:09

puru

こんにちは、さららさん。

>確かに。yunnでした(笑)。

おぉ、やっぱyunnさんでしたか。

>>個人的にこの件に関しては、法運用は現状どうなっているのか、が主な興
>>味の焦点だったので、
>
>この分野にとっては希少な視点で(笑)

多くの有資格者の「そうであろう」「そうに違いない」的な自分の立場からのみの観念的意見には、論理的に見ても共感出来ませんでしたのです。
有資格者故の高ビーな意見ばかりが流通していて、実際のところはどうなんだろうと調べだしたのですが、結果は日本政府はかなりバランスが取れているな、という感じ。
一部有資格者の偏狂的視点ではなく、公衆の利益と安全という視点から見たら当然といえば当然の法運用なのだと思いました。

>立場を問わず役に立ってると思います。

単に有資格者の顰蹙を買うだけかもですが。

>平和的意見でさすがです(笑)

うん。
ぼくやぼくのまわりは平和ですから。(^^)
脳天気というか。

>現状の中でどのようにみんなが素敵に動けるのか、なんて、素敵に動いてる
>人は法律とは関係なしに素敵に動いてるとしか思えないけどなあ。

うん。
問題だ、問題だ、と騒いでる人は、問題を抱えているが故に素敵でもしあわせでもないのだと思います。
けど、さららさんが言うように、素敵に動いてる人は法律とは無関係に素敵に動いてる。

>もう少し現状と法律の解離またはムリがないのがいわゆるよい社会なんじゃ
>って思うです

前はぼくもそう思ってたけど。
最近は、法運用はかなりうまくやってるじゃん、みたいな感じ。

>まあこれはこれで。最近漬け物のできはどーですかぁー

最近は、もっぱら浅漬けっす。
味噌漬けは、消費量がかなり減って来ています。
季節によって体が欲するものが変わるんですね。
不思議な感じもするし、当たり前といえば当たり前なような気もするし。
冬の間欠かせなかったニシン漬けは、今は全然食べたい気がおきないし。

今はキュウリとキャベツの浅漬けが主力ですが、これからはナスが楽しみですね。
むふふ。

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2006-05-18 (木) 21:00:13

さらら

puruさんへ

確かに。yunnでした(笑)。全く覚えておりません。どっから考えたHNだったかなあ。あのときは生意気な物言いでどうぞ失礼をお許しください。

>個人的にこの件に関しては、法運用は現状どうなっているのか、が主な興味の焦点だったので、

この分野にとっては希少な視点で(笑)、立場を問わず役に立ってると思います。

>法律が出来た方が良いのかどうかは分かりませんが、現状の中でどのようにみんなが素敵に動けるのか、には興味あるかもです。

平和的意見でさすがです(笑)現状の中でどのようにみんなが素敵に動けるのか、なんて、素敵に動いてる人は法律とは関係なしに素敵に動いてるとしか思えないけどなあ。もう少し現状と法律の解離またはムリがないのがいわゆるよい社会なんじゃって思うです

まあこれはこれで。最近漬け物のできはどーですかぁー



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2006-05-18 (木) 13:03:08

こんにちは、さららさん。

>私は2004年にこの件に関して多少カキコしたもんです。

2004年といえば、変雀さんとyunnさんという人が「按摩Swiki」上の「[[マッサージ等法律関連板>http://purunaland.hopto.org:8080/Anma-san/49]]」に書き込んでくれていました。
でも、Swiki自体が先月から接続不能になり、今は別のアドレスで仮に稼働してます。
上のリンクも仮なので、数ヶ月後には繋がらなく予定。
どこかに過去ログを残しておこうかな。

で、2004年に書き込んでくれていた人のうちのyunnさんかな、などと思ってみたりしてますが、違っていたらごめん。

>O先生に太極拳入門し現在に至っており

うおぅ〜、王せんせの生徒さんっすか。
うほほ、何やら知り合いみたいな気分ですね。(^^)

いつだったか、日曜日の太極拳教室の後、生徒さん共々昼食を一緒にしたことがありましたよ。
またそんな事があるやも知れず。
お会いする日を楽しみしてます。(^^)

>無資格者問題については、もっと包括的に話が進み、法律も変わっていけばいいなと思っています。

どうなんでしょうね。
個人的にこの件に関しては、法運用は現状どうなっているのか、が主な興味の焦点だったので、どのようなあり方が理想なのかはあまり考えていない節があります。
個人的治療観自体に「変える」という発想がなく、その個人がどのように生きたいのかを、ホントのところを出来る限りの範囲で知りたい、それを実感的に知ることで滞りは自然に流れ出す、みたいな考え方をしてるので、法運用に関しても同様なのかも知れないです。

>代替医療の法律とかそーいうのができた方が、代替医療者または法定外医業
>類似行為者だけでなく、世間の人にも幸せと思います。

うん。
法律が出来た方が良いのかどうかは分かりませんが、現状の中でどのようにみんなが素敵に動けるのか、には興味あるかもです。

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2006-05-17 (水) 23:22:01

さらら

こんにちは。最近の「無資格マッサージ問題まとめ」など、とてもわかりやすくてすごいです。私は2004年にこの件に関して多少カキコしたもんです。だけど、そのときのハンドルネームが上記かどーか、もうわからなくなっております悪しからず。2004年には、こちらのサイトのご紹介からで、O先生に太極拳入門し現在に至っており、puruさんは知らないけど知ってる方みたいな気がしております。いつか高円寺ででもお会いしましょう(笑)

無資格者問題については、もっと包括的に話が進み、法律も変わっていけばいいなと思っています。昭和35年の判例は、法定外医業類似行為者にとってよかったのかどーなのかと思っています。それで生殺しみたいな状況が45年も続いているのですから。代替医療の法律とかそーいうのができた方が、代替医療者または法定外医業類似行為者だけでなく、世間の人にも幸せと思います。
----

2006-05-14 (日) 15:38:32

puru

こんにちは、サワさん。

>最後になってその限定はズルイですよ…。(^^;)

ズルイと言われても。(^^;
ただ、語りたい内容を明確にする為に、対象を絞っただけなんです。
無資格問題は、その対象を絞らずに一括りで語るとワケワカメになりやすいので。

>「治療」を前面に謳っている原初的慰安的とは言い難い手技の法定外民間療
>法(○○カイロ、○○療法等)も多数存在する事はご存知でしょうに。
>
>まあ私は、その限定内であってもやはり基礎医学的知識が必要と考えますが、
>もう止めておきますね。

うはは。
ぼくも、あはき柔や民間療法を含めて基礎医学的知識は必ずしも必要ではないと思います。
と、対象を広げて書いておきますね。

基礎医学的知識以前に大切なことは。
あはき柔師は医行為を行う医師ではないという自覚を持つこと。
治療という言葉を使える資格ではあるけれど、その治療はあくまで「医業類似行為」という、医行為には及ばない類似の行為でしかないという自覚。
また、診断権を持たないのだという自覚も必要です。
たとえ基礎医学を学んだとはいえ、医師としての訓練を受けた訳でもなく、他者の体の診断は出来ないのだという自覚。

>私が考える施術者にとって最も大切な医学知識(一般常識?)とは
>「肩こり・腰痛などの裏にも重篤疾患が潜んでいる場合がある」ということです。

うん。
これ、一般常識。
あはき柔師であれ民間療法業者であれ、医師ではない医業類似行為者に一番必要なのは、自分たちには診断出来ないのだという自覚です。
不明な点があれば、しかるべき医療機関の受診を勧めるというのも常識でしょう。

このような常識的謙虚さを持ちながら誠実に業務を行っていれば、基礎医学的知識なく医業類似行為を行っても何ら問題はないと思うのです。

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2006-05-13 (土) 19:23:58

またまたサワです。

>あん摩・マッサージやそれに類似する民間療法に限定すれば、その手技が原初的慰安的であるが故に個人個人がその業務内容を誠実に行っていけば、基礎医学的知識がなくても危険ではないと考えます。

最後になってその限定はズルイですよ…。(^^;)
「治療」を前面に謳っている原初的慰安的とは言い難い手技の法定外民間療法(○○カイロ、○○療法等)も多数存在する事はご存知でしょうに。

まあ私は、その限定内であってもやはり基礎医学的知識が必要と考えますが、もう止めておきますね。

最後に、もしこの掲示板をご覧になっている無資格施術者の方がおられれば一言申し上げます。
私が考える施術者にとって最も大切な医学知識(一般常識?)とは
「肩こり・腰痛などの裏にも重篤疾患が潜んでいる場合がある」ということです。
Puruさんのおっしゃるとおり
慰安的手技でも「痛みや症状の軽減、治癒が生じることはかなり多い」です。
時には悪性疾患の痛みさえも、和らげる力があります。
しかし、それが裏目に出て発見を遅らせてしまったというケースも報告されています。
未熟な施術による事故のケースは頭の中にあっても、上手い施術による不幸なケースは意外と盲点になります。
これだけは常に頭の隅に置いておくべきだと考えてます。
----

2006-05-12 (金) 11:34:07

puru

こんにちは、サワさん。

>>有害性が、ただ単なる一部有資格者のイメージや観念であるのに取り締ま
>>ったのでは、それこそ問題ではないですか?
>
>「医療」ってそういうものですか・・・?
>これもまた「人間観・治療観」の問題ですね。

はい。
この「医療」という言葉の幅に関しても考慮しなければならないと思います。

取り敢えず鍼灸は別にして。
あん摩・マッサージ・指圧や民間療法などの手技療法に関して、「医療」と明確に区分出来るものはどれなのか。
特に、あん摩・マッサージに関してはその手技が原初的(原始的)であるが故に「慰安」の要素が強いです。
そして、これが他の医行為や医業類似行為にはない、大きな特色にもなっています。
人が深く慰安された時、痛みや症状の軽減、治癒が生じることはかなり多いです。
主に身体レベルでのコミュニケ−ションを通して十全に受容、理解される事の効果には、計り知れないものがあります。

人が深く慰安された時に治癒が生じる事が多い。
この、施術者の第一目的が「慰安」であっても、果たして「医療」と呼べるのでしょうか。

ところで、あん摩・マッサージ師には三つのタイプがあるように思います。
・治療を意識しない慰安としてのあん摩・マッサージ。
・治療を意識した慰安としてのあん摩・マッサージ。
・治療を意識した治療的あん摩・マッサージ。

ほとんどが一番目でしょうし、二番目、三番目は少数、といった感じでしょうか。
ともあれ、半数以上は慰安目的で行われていると思われます。

>本題の「知識の有無」と「施術の危険性」との関係性についてですが、
>私には未だに「関係があって当たり前」としか思えません。

上に書いたように、あん摩・マッサージやそれに類似する民間療法に限定すれば、その手技が原初的慰安的であるが故に個人個人がその業務内容を誠実に行っていけば、基礎医学的知識がなくても危険ではないと考えます。

>長い間お付き合いしていただき本当にありがとうございました。

いえいえ、こちらこそです。
また遊びに来てください。(^^)

----

2006-05-10 (水) 23:21:13

サワです。

うーん・・・。話がループしてしまいますね。

「害が証明されない限り合法」という現状について、
>これは、ごく当たり前なことではないですか?
>有害性が証明、認められれば取り締まる。
>有害性が、ただ単なる一部有資格者のイメージや観念であるのに取り締まったのでは、それこそ問題ではないですか?

「医療」ってそういうものですか・・・?
これもまた「人間観・治療観」の問題ですね。
私とPuruさんのギャップは埋めがたいようです。

本題の「知識の有無」と「施術の危険性」との関係性についてですが、
私には未だに「関係があって当たり前」としか思えません。
ですが、データもありませんし、頭が悪いのでそれを証明することはとても困難でした。

できればここでPuruさんに「関係が無い」と思われる理由を聞かせていただきたいのですが
>いや、これは単に「資格の有無は施術の危険を左右しない」という個人的経験論です。
>で、別にこの意見に固執したいわけでもないのです。
ということでしたので、それもあきらめます。

今回の議論では私の考えを論理的に伝えることができずに大変残念
でしたが、自分の仕事への責任をより明確に意識することができました。

長い間お付き合いしていただき本当にありがとうございました。
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2006-05-10 (水) 11:52:25

puru

こんにちは、あんま初心者さん。

>民間のそれが並んでいるという事実だけをもってブラック・ジャックと決め
>つけるのは早計かもしれません。

うはは。
ブラック・ジャックなら素晴らしいじゃないっすか。
無免許医だけど、天才的技術を持つ人。
スゴイ。(^^)

というか、ぼく自身は。
資格のない素晴らしい人々に、技術面にとどまらず精神性に関してもたくさんの事を教えてもらいました。
もちろん、幾人かの有資格者からも。

>按摩や鍼灸の世界にも名門校というのはあるのでしょうか?

ぼくは20数年前に卒業した身なので、最近の状況はまったくといってよいほど知りません。
当時でしたら、東洋鍼灸専門学校が伝統ある名門校でしたよ。
ぼくは受験して落ちましたが。(^^ゞ ウハハ

今は試験内容も変わってますし、新設校も増えたし……。
・はりきゅう BBS
http://www.harikyu.com/bbs2/type-a.cgi
上記掲示板で質問してみると良いかも知れません。
鍼灸の専門家が多く集まっていますし、親切な人も多いですよ。

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2006-05-10 (水) 10:28:14

あんま初心者

趣味悪いでしょ? ^^; 訳の分からない免状がたくさん並んでいる施術室は異様ですよ。
そんなこんやで按摩についてあれこれ調べているウチにここのサイトに辿り着いたんです。

ざっとサイトを拝見しましたが、角質除去とか、いま流行の足裏とかは按摩の世界にはないようですし、国家資格を取得していても、あれこれ勉強して多用なサービスを提供したいという態度そのものは悪くないですからね。民間のそれが並んでいるという事実だけをもってブラック・ジャックと決めつけるのは早計かもしれません。まあ、簡単に調べられるようなんで保健所の方に問い合わせてみます。

もうひとつ質問させて下さい。按摩や鍼灸の世界にも名門校というのはあるのでしょうか?東大とか、京大とか、一般の大学と同じように序列があるのでしょうか?民間資格はあれこれ物議を醸しているようなんで、どうせならちゃんとした学校に入ろうと思っているのですが、情報が全くありません。教えて下さると有り難いです。
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2006-05-09 (火) 22:28:44

puru

こんばんは、サワさん。

>話がこんがらがってきましたね。
>そんなに難しい話だとは思えないのですが・・・。

それほど単純な話しでもないと思いますよ。
少なくても一般の人や厚労省は別にして、無資格=危険、無資格=違法、とステレオタイプに思考しちゃう人がいるのですから。

>「全くの素人が○○整体と看板を出し、頚を捻ろうが引っ張ろうが、有害性
>が証明されるまでは取り締まることができない。」単純に、この現状を問題
>だと思いませんか?

このね。
「全くの素人が○○整体と看板を出し、頚を捻ろうが引っ張ろうが」というイメージが、具体的に何を指しているのか不明なのですよ。

資格を有し既得権を持つと信じる人々が、無資格=「全くの素人が○○整体と看板を出し、頚を捻ろうが引っ張ろうが」的施術をして危険、と思い描きたい気持ちは分からないでもないですが。
でもね、有資格・無資格、いずれにしても、同じ人間なのです。
有資格だから信頼出来る人間とは限りません。
有資格者が「看板を出し、頚を捻ろうが引っ張ろうが」的施術をしている場合だって同程度あると考えても良いと思いませんか。
多くの無資格批判の有資格者はそういった思考はしないですが。

そして、国や厚労省が「全くの素人が○○整体と看板を出し、頚を捻ろうが引っ張ろうが」的施術をして危険な状況を野放しにしている、怠慢だ、という有資格者の意見はアチコチで見かけます。
ですが、本当に怠慢なのでしょうか。

過去、厚労省はカイロの危険な手技を禁止する通達を出しています。
具体的には、頚椎に対する急激な回転伸展操作を加えるスラスト法の禁止を含むものです。
法的規定が何らなされていないカイロに対しての、異例ともいえる通達です。
国や厚労省は、国民の健康を害するおそれに対しては善処していると思います。

有資格者の価値観のみから見れば怠慢と見えても、公衆の利益と安全という見地から見れば、それほど理不尽な対応をしているとは思えないのです。

>有害性が証明されるまでは取り締まることができない。」

これは、ごく当たり前なことではないですか?
有害性が証明、認められれば取り締まる。
有害性が、ただ単なる一部有資格者のイメージや観念であるのに取り締まったのでは、それこそ問題ではないですか?

ですので、やはり、その有害性を具体的に提示してくれないと、ぼくも一般の人も厚労省も、その危険性には目覚めないのです。
危険が事実あるのであれば、それを知りたいのです。

>施術の危険性は「個人個人の業務内容に対する姿勢」「人間観や治療観」と
>深く関わりがあると思います。
>それはもちろん否定しません。
>「知識」よりも重要とも考えています。

学ぶべきものは、個人が選択するものだと思ってますよ。

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2006-05-09 (火) 22:27:57

puru

>どこまでが引用文かわかりにくくなってしまいました。

こちらこそ申し訳ないです。
ちょと設定をいじったら、変なことになってしまいました。(^^ゞ

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2006-05-09 (火) 20:59:16

サワです。

どこまでが引用文かわかりにくくなってしまいました。
すみません。
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2006-05-09 (火) 20:56:55

サワです。

話がこんがらがってきましたね。
そんなに難しい話だとは思えないのですが・・・。

「全くの素人が○○整体と看板を出し、頚を捻ろうが引っ張ろうが、
有害性が証明されるまでは取り締まることができない。」
単純に、この現状を問題だと思いませんか?

>1.この「学ぶべき」というのは、2.にあるような社会的な規則や法律なのか。
>2.または「学ぶべき」というのは、個人個人に求めている心構えなのか。
国家試験云々はさておいての「学ぶべき」と考えてください。

>3.「最低限の医学知識」とは西洋医学的基礎医学を指すのか。
>4.または「人の体に触れる職業」それぞれの専門分野的基礎知識のことか。
「何を学ぶべきか」はまた議論の分かれるところだと思います。
ここでは限定せず「必要と思われる知識」と考えてください。

>5.「人の体に触れる職業」とは、あはき柔業に法定外民間療法を含めているのか。
あはき柔業も法定外民間療法も含めて考えています。

>ぼく、意外と好きですよ、この「人に害を与えない程度」ってヤツ。
私は嫌いです。
法定外民間療法であろうと、その門を叩くのは病に苦しむ方々です。
有害性が証明されてからでは遅すぎます。

Puruさんのおっしゃる通り、施術の危険性は「個人個人の業務内容に対する姿勢」
「人間観や治療観」と深く関わりがあると思います。
それはもちろん否定しません。「知識」よりも重要とも考えています。

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2006-05-09 (火) 19:29:17

puru

Swikiが使用不能になって2週間ほど経過。
「[[操体掲示板>http://otd7.jbbs.livedoor.jp/710060/bbs_plain]]」 の管理グループの好意で「[[やじうまこみゅ>http://yajiuma.pupu.jp/yajiumapuki/]]」というPukiwikiを設置出来ました。

「[[気まぐれ板 逍遙>http://yajiuma.pupu.jp/yajiumapuki/index.php?%B5%A4%A4%DE%A4%B0%A4%EC%C8%C4%20%ED%F6%F4%A3]]」もそこで復活。

「やじうまこみゅ」自体まだ作りはじめですが、これからぼちぼちと全体を整えていくつもり。

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2006-05-09 (火) 19:23:03

puru

>私も、あれこれ勉強したくなって色々と資料を揃え始めたんですが、今まで
>時折利用していた近所にあるサロンが怪しく思えてきた ^^;

うはは、なかなか怪しさ満開のサロンですね。
というか、センス悪ぅ。(^^;
資格ヲタクなのかなぁ。

そゆのが説得力あると思っているのでしょうね。
で、それに説得力を感じる人もいるのかも。

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2006-05-09 (火) 19:17:56

puru

こんにちは、いちごさん。

>程度問題となると、主観的要素が大きく、やはり判例が一つの基準となるよ
>うですね。

うん。
判例も前提とはなるけれど、事のはじまりは「苦情」や「訴え」からですよね。
けっこう乱暴なことをやっていたとしても、そこに密な信頼関係が成立していて、「苦情」や「訴え」る人がいなければ問題になることはないんですよね。
資格を有していたとしても「苦情」や「訴え」る人が現れれた場合、経営に違法性があったり人の健康を損なうようなことをしていれば、法に問われることになるかも知れません。

資格・無資格以前に、違法・適法以前に、誠実に誠実に業務を行うことが求められると思うのです。
それでも現代社会では、勝手な思い込みから「苦情」や「訴え」をおこす人がいそうなので万全ではないのですが。

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2006-05-09 (火) 03:32:41

あんま初心者さん

早速の回答、どうもありがとうございます。
上手いヘタというのは主観もあり、気に入らなければ他の治療院に行けば良いことなんで追求はしようと思わないんですが・・・

国家資格所持者なのに民間資格の、平たくいえば民間資格の賞状がずらりと並んでいるんです ^^; これだけだと分かりにくいと思いますが、そこは上海中医薬大学と深い交流の下設置された学校も兼ねていて、今風の雰囲気のサロンを併設しているんですが、サイトを見ると、学校名が書いてあるだけで責任者の名前が一切伏せてあるんです。しかも、国家資格所持者なのに全国整体療法協同組合なるユニフォームを着ている。

国家資格に受かった人間が、わざわざ民間資格の賞状を院内に飾り、全国整体療法協同組合なる意味不明のユニフォームを着ながら、卒業していない上海中医薬大学の手技を教えながら今風のサロンを経営している、そんな状態はあるのかな?とふと疑問に思ったんです。

私も、あれこれ勉強したくなって色々と資料を揃え始めたんですが、今まで時折利用していた近所にあるサロンが怪しく思えてきた ^^;
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2006-05-09 (火) 01:13:16

いちごです。

>ぼく、意外と好きですよ、この「人に害を与えない程度」ってヤツ。

程度問題となると、主観的要素が大きく、やはり判例が一つの基準となるようですね。
となると、違法か否かの議論は、条文で判断するだけでなく、やはり判例も必要になりますね。

「A曲とB曲が似ている」
どの程度というのが、判例が一つの基準となっているように。
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2006-05-08 (月) 19:01:40

puru

はじめまして、あんま初心者さん。

>初歩的な質問なんですが、当人が国家資格たる按摩に受かっているかどうか
>はどこで調べられるのでしょう?

鍼・灸・あん摩・マッサージ・指圧、またはこれらの内のどれかを掲げている治療院ならば、その名称で地域の保健所に問い合わせれば分かりますよ。
もしその名称で登録してあれば資格者だと思われます。
たまに経営者と施術者本人が違う場合がありますが、施術者の名前も含めて問い合わせれば分かると思います。

>本人は国家資格所持者だといっているのですが、院内には経歴を示すものが
>何もないのです。

資格の有無を調べたいという動機は何でしょうか?
下手だったとか。(^^;

ていうか、ウチの治療室にも経歴を示すものは掲示してなかった。(^^ゞ

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2006-05-08 (月) 18:49:40

puru

こんにちは、いちごさん。

>「人に害を与えない程度」っていうのも、とても曖昧ですねー。

ぼく、意外と好きですよ、この「人に害を与えない程度」ってヤツ。

この言葉を厚労省から導き出した「エーワン」という所の検挙例が象徴的だと思うのですが。
経営至上主義的なあこぎな経営やずさんな施術内容では検挙されますよ、という重石。

「人に害を与えない程度」という重石をちゃんと頭の上に乗せて、様々な民間療法業者さんたちには謙虚に真摯に頑張って欲しいです。

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hisanoyu dharmaya secondlife

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