この論文は、1991年発行「ヒーリング・マガジン」(発行者プル)に掲載されたものです。
著者、幕内秀夫氏のHP::: フーズアンドヘルス研究所 :::



第一章 玄米正食の暗い歴史


ブームは時代の要請


 戦後私たち日本人の食生活は、想像も出来ないほど変化をして来ました。
ほんの数十年前には、年に数えるほどしか口に出来なかった食 物(肉や牛乳、乳製品、加工品、輸入食品など)が、今では毎日でも口に出来る食物になっています。
まさに、 戦後の栄養教育の目指した<豊 かな食生活>は現実のものになりました。

 しかし戦後40年を過ぎた今、多くの人たちは、「私たちの食生活はこんなに豊かになったではないか 。
それなのに、どう して病気は減らないんだ?」「確かにっ子供の体位は立 派になった。しかしこんなにアレルギー性の病気なんてあっただろうか?」 といった疑問を持ち始めています。

 その素朴な疑問に対して現在の栄養教育の解答は、 ある時は「肉は良質のタンパク資源、 大いに食べな さい」と言ったかと思うと「 動物性脂肪の多い肉の食べ過ぎには注意しましょう」などと、 訳の分らないことを言うに過ぎないのが現状なのです。

 「明治の長命、 昭和の短命」などという言葉も登場し、 多くの人が「どうもおかしい」と考え始めています。

 このような時代の中で、時代の要請に従うかのように注目されて来たのが「自然食」や「玄米食」などという言葉でした。
これらの言葉には、 大きく分けると二つの意味があるように思われます。
一つがより安全な食品……肉や牛乳などを中心とした、欧米型の食生活から伝統的な食生活を見直そうという動きです。

 多くの人たちがそのような食生活に感心を持つようになったことは、大きな意味では大変喜ばしい現象なのかも知れません。
しかし「自然食ブ ーム」と言われるその裏側には、誰もが語りたがらない「暗い歴史」があることは、案外知られていないような気がしてなりません。
しかも、その歴史に目をつむるだけでなく、現在もその歴史が繰り返されている現実があります。

 この文章を読んでいる人の中にも、食生活に関心があり、玄米食をしている方も多いのではないでしょうか。
そのような方にあえて「暗い歴史」を知っていただきたいと思います。
そして日々の食生活をもう一度見直し、よりよい食生活を送る参考にしていただけたらと思っています。


民間食養法の歴史と限界


 食生活に対する考え方は、大きく二つに分けることが出来ると思いま す。
一つが公的に認められた正規の学校(大学、短大、専門学校、あるいは高校の家庭科の一部など)で行われている栄養教育です。 
そしてもう一つが、その存在や活動が公には認知されていない民間の 食養 法とも言うべき考え方です。
実践的には「玄米食、自然食」と表現するこ とが出来、 一般的には日本の伝統文化を核として、 個人の直観と体験によって打ち立てられて います。

 この民間食養法のほとんどが明治の軍医、陸軍薬剤監石塚左玄を源 とし、その影響を受けた桜沢式創始者である桜沢如一や文化勲章受賞 者二木謙三の流れを汲んでいます。
特に桜沢如一( 海外ではジョージ・ オーサワの名で知られる)の影響は世界に及び、マクロバイオティックス と呼ばれ多くの人に知られるようになりました。

 その後その考え方は一部の医師、栄養士、東洋医学者、ヨーガ指導者、 民間健康法指導者、薬剤師、自然食店経営者など実に様々な人々が取 り入れ、 やがて時代の移り変わりと共にその解釈や主張も変化し、 新し い指導者による◯◯式食養法と呼ばれる独自な食養法がたくさん誕生し ました。
そして、そのような指導者の書いた様々な本が書店の棚を賑わし ています。

 このように、石塚左玄に始まり桜沢如一、二木謙三を経て開花した民間 食養法はそれなりに市民権、社会的認知を得るようになりました。

 しかしこれらの民間食養法は正規の栄養教育のような「科学的説明」(栄 養学者の言う〈科学的〉という言葉には違和感を覚えますが)にとらわれな い反面、 なんらチェック期間を持たず、 経験と直観、効果第一主義に頼り 過ぎ、極めて特殊な傾向に走る傾向が少なくありません。
健康問題を考える上で食生活のみが重要であるかの如く、 栄養教育のカ ロリー計算とは違う意味で、「人間機械論」に陥り、その 人個人の精神面、家族的関わり、社会的背景を無視した食生活指導が多 々行われています。
時として生死に関わる問題にまで発展し、「自然食に よる死」などと新聞や マスコミに取り上げられることも少なくありません。

 しかも、この民間食養法の問題点は決して新しい問題ではないのです。
それは幾度となく、 繰り返し起こって来ました。それに対して外部からでは なく、その世界に何十年と身を置き、 自ら指導的立場にいた医師などから の内部批判も少なくありません。
そろそろそのような先師、 先覚者の言葉 に耳を傾けるべきではないでしょうか。
 
 多くの人が食生活に関心を持ち、 欧米模倣の栄養教育に疑問を持ち、「伝 統食」や「玄米食」の素晴らしさが? 再認識され、自然な食物のあり方を考え る時代になった今こそ、じっと足元 を見つめ直す必要性を感じます。


K氏の警告


 正規の栄養教育だけではなく民間食養法にも詳しい雑誌『しんえいよう』(現在は「La−vie・ラビエ」と改題)の一九一号(昭和60年10月)か ら3回に渡って掲載された文章があります。
クレマン・S・Kという方が「食養の再建」というテーマで書かれたもので、

 ・第一回『誤った食養の功罪』
     GOは天才か嘘つきか
 ・第二回『G式栄養失調、塩漬け療法』
     ミイラにされた赤ん坊
 ・第三回『食養は固定すべきではない』
     生神様にされそうになったお話

というものです。
その掲載には「はじめに」と題した次のような文があります。

GOこと桜沢如一氏(以下Gと略)が亡くなって二十年近く経った。 

その生前の事実…

今回のそれは三十二年も前の一つの治験に過ぎないが、これを今日取り上げて
貴重な紙面を埋めようとしている理由はいくつもあるのだ。

要約すれば、Gの亡霊とでもいうべき誤った食生活指導者が大勢いて、Gの生
前と同様に、あるいはもっと広範囲に、国の内外で犠牲 者が続いているから
である。

若い頃Gに協力し、Gの名で二、三の著書を書いた責任が私にはある。 
そしてG式食養法という名の偏食を人に薦めてきたことの反省をありのままに
述べて、「食養」を考える上で等しく参考にしていただきたい と考えたので
ある。 

天才といわれたGの活動の中で、〈巧〉の一面も知ってはいるが、しかし許さ
れてはならない〈罪〉は無用な人命の犠牲であった。 
このGの誤った食養の犠牲は、可及的すみやかに防止しなくてはならない。 

……Gによって作られた独特の食養の犠牲者は今日も各地で続発し、かえっ
て症状を悪くしては、正しい食養の完成を願う私ども数人の医 師のもとを訪
ねて来る。
真面目な性格の患者たちには、極端な偏食を教えてかえって障害 になってい
ることに、多くの食養指導者は気づかなければならない。


 以上のように述べ、実際にあった食養の犠牲者の例が紹介されています。

 さて、この文章を書いたクレマン・S・Kという名はペン・ネームであり、 当然のことですが日本人です。
そして文章を読んでもわかるように、氏は自ら食養の実践者でもあり指導者です。
そしてその世界に何十年と身を置いてきた医師であり、 Gの著書を書くだけではなく自らも名著と呼ぶにふさわしい『 食養の道』や『健康食と危険食』など何冊かの本を書いています。


なぜ耳を傾けないのか~


 また東京にある松井病院食養内科の日野厚先生は、氏の著書『人間の栄養学を求めて』の中で「いわゆる〈自然食〉療法に経過不良例および 効果判定についての反省」と題し、次に上げるような例を数十ページにわたって紹介しています

・偏った食養法に固執して早死にした例
・死期を早めた食養指導者
・塩気過剰で次々に死んだ乳児
・自殺した大学生
・胃がんで死んだ食養指導者
・ひどい動脈硬化になった菜食主義の患者
・偏った食生活を続け栄養失調で死んだ患者

 また、 みどり会診療所の故馬淵通夫先生は『自然治癒力復活療法』(主婦の友社刊)の中で、

ある老婦人が主食は玄米、後は野菜と豆腐、納豆などの植物性タンパクしか
とらなかった結果、肝炎と腎炎を併発した。 
一ヵ月の入院生活中、小魚などで動物性タンパク質を補給したところ、ケロ
リと治ってしまった。

このように、食事は極端ではいけない。
現代医学に対して不信のあまり、自然食をとるのはいいが、現代医学と正反
対のところで偏食という同じ過りを犯していたのでは、真の健康 にはほど遠
いことになる。 


と述べています。
そしてまだまだ食養に対する警告は少なくありません。

 しかもK氏や日野先生、馬淵先生などの言うように、その犠牲者は今も続いています。
もちろん私自身も「玄米を中心とした」食生活の指導をしていますが、あえてこのようなことを書く気になったのは、その犠牲者の姿を少なからず 見ているからなのです。
そしてそのような「暗い歴史」があり、現在も繰り返されている現実がありながら、一部の食養の成功者だけを取り上げ、あるいは自らの体験のみ を頼りに「陰だ陽だ」「玄米正食だ」「マクロバイオティックスだ」と、あたかも食生活の『 不変の真理』であるかの如く叫ぶ指導者が後を絶たないからなのです。

 もちろん玄米正食(マクロバイオティックス)といっても、前に書いたようにその解釈は人によって固定されたものではなくなっています。
しかし玄米正食と名乗る多くの指導者は、そのもとを訪れたほとんどの 人を「 陰」と見立てて「果物や野菜は陰性だから厳禁」「動物性食品(魚 も含む)はすべて血を汚す」と言い、現実には「玄米に胡麻塩と味噌汁、タクワン、ヒジキ蓮根、キンピラ牛蒡など、そして煮干しやカツオ節さえ厳禁」といったワンパターンの指導をし、 しかも「誰に対しても無制限に」実行させている場合がほとんどです。

 今回紹介したK氏、日野先生、馬淵先生などは単に医師であるだけではなく、 医師の中では数少ない食養のよき理解者であり、 自ら何十年と実践してきた指導者なのです。
前に述べたように、外部からの批判や警告ではないのです。
このような警告が少なからずあるのにも係わらず、 ほとんどその言葉に耳を傾けようともしないで、「完全穀菜食こそ人間の理想食」「マクバイオ ティックスは宇宙の根本原理」などと簡単に言い切ってしまう指導者が後を絶ちません。
これでは外部からの「 玄米食は危険」などという馬鹿げた批判も仕方のないことだと言わざるを得ないのではないでしょうか。



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