色魔的商売人

上流の婦人を相手とする色魔的商売人は様々の仮面を持っている。

音楽や茶の湯、生花の師匠に怪しいのが少くない。
近頃では、美容術師やマッサージなぞいうのが盛に上流の家庭に出入りして、婦人を直接間接に誘惑するそうである。

又、何々光線、又は気合術、呼吸法なぞいう新治療の出張応需式なのも逐次増加の傾向である。
甚だしきに至っては、仏教や基督(キリスト)教の牧師、又は家庭教師と称するもので、怪しい商売をするものが殖えたと聴いた。~
こんな商売は、遊芸や何かの師匠と違って、素人でも割合い手に入り易いと同時に、上流の家庭に出入りするのにも都合がいい。
逆に云えば、上流の家庭から電話や何かで自由に呼び出しが利く便利がある。
又、その家庭の秘密を掴む上にも好都合なので、扨(さて)こそかように流行するのだと云う。

このような色魔式商売の中で、最も斬新奇抜と思われるのは保険会社の勧誘員である。


文明病としての神経痛

女医、美容術師、マッサージ師、派出婦、助産婦、保姆、看護婦なぞは、大抵、何々会というものに付属しているが、この何々会に頗(すこぶ)る怪しいのが多い。

九州地方の看護婦会の会長さんはよく云う。
「看護婦は奥さんの御病気の時に行くのを嫌がります。つい旦那様のお世話をさせられたりして、誤解を受けたりする事がありますので……どうも困ります」

東京はこれと正反対で、そんなところを撰んでつけ狙う。
一方、お客の需要もそんなのが珍らしくない。
独身男から、奥さんが病気だと、電話がかかって来るのもないと限らぬ。
勿論、会長も看護婦もその方の収入の方がずっと大きい。

その他、子供の世話と名付けて保姆を、その他の仕事に家政婦や派出婦をといった風に、前の看護婦と同様の意味で営業しているのが、東京市中にかなりあるらしい。
但、見わけはなかなか付かない。

今度、東京でいろんな新智識を得たが、その中でも面白いのは、マッサージ師の上得意で、神経痛という病気である。
これは文明病の一種であるが、ちょっと医師にも素人にも見わけが付かないところに、一層文明病としての価値があるのだそうな。~
というのは、奥様が神経痛にかかって別荘に御祈祷師を呼び寄せると、旦那も又神経痛で本宅に女マッサージを出入りさせるというわけである。
最近の神経痛は痛くとも何ともなくて、かかり易くてなおり易く、おまけに見分けが付かないという。
便利な病気もあればあるものである。

但、これ等は、東京人の堕落時代に乗じて今更流行(はや)り出した病気とは云えないかも知れぬが――。



底本:「夢野久作全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年6月22日第1刷発行
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:柴田卓治
校正:かとうかおり
ファイル作成:かとうかおり
2000年4月28日公開
青空文庫作成ファイル:
一部抜粋

 
 
 

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